大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

和歌山地方裁判所 昭和29年(行)3号 判決

原告 平沼二道

被告 国・野口農業委員会 外一名

主文

原告の被告野口農業委員会、同東登に対する本件訴並に被告国に対する同国から被告東登に対してなされた別紙目録記載の農地所有権移転登記の抹消を求める訴の部分はいずれも却下する。

原告の其の余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告野口農業委員会(当時農地委員会)が計画したる申請に基き被告国の代表者和歌山県農業委員会(当時農地委員会)が昭和二十四年十二月一日旧自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第十六条に基き為した別紙目録記載の農地(以下本件農地と略称する)の被告東登に対する売渡の無効なることを確認し、被告等は右売渡による所有権移転登記手続の抹消手続をなさねばならない。訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並に之に対する仮執行の宣言を求め、其の請求の原因として、

本件農地はもと被告東登の父訴外東松太郎の所有であつたが農地改革の実施に伴い国の強制買上げとなつたところ、本件農地は原告が昭和十九年頃から当時の所有者であつた右東松太郎から同人との間の小作契約に基き耕作し今日に至つているものであるから右強制買上後本件農地は当然その小作人である原告に売渡さるべきものであるに拘らず、被告野口農業委員会は右実情を無視し同地方の有力者である本件農地の元所有者東松太郎の五男で同農地売渡処分当時未帰還者で外地にあり本件農地に無関係の被告東登に之を売渡す計画をたて国の機関である和歌山県知事は同計画に基き売渡処分をしたもので、従つて同売渡処分は原告の小作人として本件農地に対して有する期待権を不当に侵害する無効のものというべきである。而して国を被告として同被告に対し右無効の確認判決を得たとしても同判決の効力は、野口農業委員会、東登に対しては及ばないと言わざるを得ず、かかる事情の下に於て同農業委員会が供出割当等を原告に対して行い、東登が同農地について耕作等の支配行為を行う場合再び此等二名に対し訴を起す必要が生ずるから被告等三名に対し右行政処分の無効確認並に右売渡処分による被告東登に対する本件農地所有権移転登記手続の抹消を求めるため行政訴訟として本訴請求に及んだと述べ、被告等の主張に対し、原告が本件農地の譲渡申出を怠つたことは認めるも右は野口農業委員会が適切な措置を怠つたことに由来するものであつて、本件訴の要件及び請求の成否には影響はない。

と述べた。(立証省略)

被告等三名は訴却下の判決を求め、その事由として、

(1)  被告国並に同東登は、原告は本件農地について自創法第十七条の買受申請を怠り且つ法律上認められている異議申立も訴願も提起していないから本件農地売渡処分の無効を争う利益はない。又本件農地所有権移転登記抹消請求の点についても被告東登に対する本件農地売渡処分が取消されない以上訴の利益はなく、且つ被告国は登記簿上の名義人でないからこの点については被告国には当事者適格はないと述べ、

(2)  被告野口農業委員会は、農地売渡処分の無効確認を求める訴は通常民事訴訟であり従つて行政事件訴訟特例法の適用がないから行政庁である同被告には当事者適格がない。仮に然らずとするも本件農地売渡処分をしたのは和歌山県知事であるから、同知事を被告とするのならば格別野口農業委員会には当事者適格がない。又国を相手に無効確認を求めている以上あらためて行政庁に対し同一請求をする利益はない。本件農地所有権移転登記抹消請求の点については、原告は実体上の権利者でないから原告には訴権がないと述べ、

本案について被告国は本件農地が元相被告東登の父訴外東松太郎の所有であつたところ農地改革によつて国が買収し右被告東登に対し売渡されたことは認める。原告は法定要件である自創法第十七条による農地買受申込をしていないから被告東に対する本件売渡は無効でなく従つて売渡登記抹消を求める点についても理由がないと述べ、

(3)  更に被告国並に同野口農業委員会は、被告東は昭和二十年九月四日復員して野口村に居住し原告は昭和二十三年末本件農地について旧地主訴外東松太郎との間の契約期間満了を機会に合意解約し土地の返還が行われたため昭和二十四年から被告東が之を耕作してきたもので、本件農地売渡処分当時の昭和二十四年十二月一日には原告は右農地の耕作に関し被告東を手伝つていたが耕作の主体ではなく之の小作人ではなかつたのである。然も野口農業委員会では本件農地売渡計画樹立に際し予め被告東からは農地買受申込があつたが原告からは之がなかつたので念のため原告に対し買受意思の有無を確めたところその意思なき旨の返事があつたので被告東に売渡したのであつて本件農地売渡処分には何等の違法もないと述べ、

(4)  被告東は、本件農地が農地改革により国から売渡を受けたものであることは認めるが、その余の事実は争う。本件農地売渡処分は有効であるからその所有権移転登記の抹消請求には応ずる必要はないと述べた。

(立証省略)

理由

先づ被告国、同東登は、原告は自創法第十七条による買受申込並に異議訴願を懈怠しているから原告には当事者適格がないと主張するので、按ずるに、原告が本件農地について買受申込をしていない事実は当事者間に争いないところであるが、同法条による買受申込のない者も亦買収当時当該農地に耕作を営み爾後之を継続する意思を有する小作農はそれだけでその売渡処分の無効確認を求め得るものと考えるを相当とするから右主張は理由がない。従つて又右買受申込を前提とする異議訴願も考えられないから之を経ていないことを理由とする却下の主張もそれ自体失当である。

しかしながら、被告野口農業委員会は、本件訴の対象である農地売渡通知書交付による売渡処分をした行政庁でないから同被告には当事者適格は認められない。仮にそうでないとしても国を被告として本件農地売渡通知書交付による売渡処分の無効確認を求めている以上これに対する確認判決は行政事件訴訟特例法第十二条によつて関係行政庁を拘束する効力を有するから本件農地売渡計画を樹てた野口農業委員会に対する本訴請求の部分は訴の必要性が認められないからいずれにしても却下を免れない。

又被告東登に対し行政訴訟として本件売渡処分無効の確認を求める点についても他の請求の前提として判断を求めるに止るのであれば兎角右請求自体確認の利益が認められないところであるから却下せざるを得ない。

更に被告等三名に対し本件農地売渡登記抹消請求を行政訴訟として同時に求める点もそれ自体法律上認められていないところであるから同訴の部分も亦却下を免れない。

次に原告の被告国に対する本案請求について按ずるに、本件農地が元被告東の父訴外東松太郎の所有であつたところ農地改革によつて国が買収し、昭和二十四年十二月一日付売渡通知書の交付により右東登に売渡された事実は当事者間に争いなく、証人東松太郎、同享保芳松の各証言並に原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は昭和十九年頃から当時右農地の所有者であつた東松太郎との小作契約に基き小作人として之を耕作し、同農地買収処分当時も原告が之を耕作し続けていたこと、並に右農地売渡計画樹立の頃には之を東登と共に耕作していた事実が認められるのであり、他に右認定を覆す証拠はない。

而して原告が本件農地買受の申込をしていないことは前示の通りである。

この点につき原告は、当時自分は右農地買受の意思をもつていたのであるが、この買受申込をしなかつたのは野口農業委員会が適切な措置を怠つたからであつて、国の東登に対する本件農地売渡処分は原告を無視した瑕疵のある無効のものである旨主張するのであるが行政処分は明白且つ重大な瑕疵がある場合に於てはじめて無効になると考えるを相当とするところ、之を本件についてみるに作成者本人の捺印あることにより真正に成立したものと推定せられる乙第一号証、証人享保芳松の証言、原告本人尋問の結果を綜合すると、国は野口農業委員会の樹てた売渡計画に基き和歌山県知事を通じて本件農地を売渡処分したものであるが、右農地売渡計画樹立に際しその衝に当つた野口農業委員会は原告から同農地の買受申込がなかつたので念のため同人に対し買受の意思ありや否やを打診したところ同人からその意思なき旨の返信があつたので、同委員会では之を信じ、当時同農地について買受申込のあつた東登に売渡す計画を樹てたものであることが認められる。右認定を左右するに足る証拠は他に発見出来ない。従つて仮に右買受意思なき旨の返信が原告の真意に基くものでなかつたとしても同委員会としては之を信ずるに足る理由があり、かかる事情の下に本件売渡計画が樹てられたものである以上同計画を前提とする売渡処分は明白且つ重大な瑕疵を包蔵する無効のものとは断じ得ない。

果して然らば被告国に対し、国が昭和二十四年十二月一日付で東登に対しなした本件農地売渡処分の無効確認を求める原告の本件請求は理由がないからこれを棄却するを相当とし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 亀井左取 嘉根博正 吉田秀文)

(目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例